まず、名前を疑う
この事件を語るとき、いちばん危険なのは、便利な名前に引っ張られることだ。「水曜日の絞殺魔」という呼称は記憶に残る。しかし、その言葉は、犯人が確定したことも、すべての事件が一人の手によることも意味しない。
後年の公開事件概要では、1975年から1989年まで、佐賀県内の比較的近い範囲で7人の女性・少女が殺害された事件群として説明されることが多い。6件で失踪日が水曜日だったとされ、5件では死因が絞殺と整理されることが多い。だが、遺体発見時の状態、時効、捜査記録、裁判記録、報道の再構成が重なっており、事実の層は一枚ではない。
このページでは、SHIMBUNの事件ファイルとして、三つを分ける。第一に、佐賀県内で女性の殺害・遺体発見が相次いだという事件群。第二に、それらを「水曜日」「絞殺」「地域」という共通点で結ぶ報道上のフレーム。第三に、5件目から7件目とされる3件をめぐって起訴され、2005年に無罪判決が出た「北方事件」の裁判記録である。


佐賀という場所、20キロ圏という記憶
事件群の多くは、旧北方町、白石町、北茂安町、武雄市、佐賀市周辺など、佐賀県の比較的狭い生活圏で語られてきた。後年のまとめでは、北方・白石・北茂安を含む半径約20キロの範囲という説明がよく見られる。
ここで大切なのは、地図が二つの意味を持つことだ。ひとつは生活の地図である。農道、家、職場、買い物、帰宅途中の道。もうひとつは事件後の地図である。ピン、円、矢印、推理、報道見出し。地図は事件を理解する助けになる一方で、結論を先取りする危険もある。
SHIMBUNの地図は、場所の確認のためのものであって、「同一犯」を示すものではない。地理的な近さ、曜日の一致、被害者の性別、遺体の状況。これらは重要な観察点だが、観察点は証明ではない。

1975年から1989年へ
後年の事件概要では、7人の被害者がしばしば列挙される。1975年8月27日、当時12歳の中学生が自宅から失踪したとされる事件を起点に、1970年代後半から1980年代へ、若い女性、主婦、帰宅途中の女性、自宅近くの女性が相次いで姿を消したとされる。
公開まとめによれば、被害者の年齢は10代前半から50歳前後まで幅がある。夕方から夜にかけて失踪したとされる事例が多く、発見時の死因については5件が絞殺、2件は白骨化などにより死因が判別できなかったとされる。ただし、これらの整理は後年のまとめに依存する部分があり、一次資料の公開範囲は限られる。
「6件が水曜日」という点は、事件の印象を決定づけた。しかし、曜日の一致は異様であると同時に、報道の中で強調されることでさらに強い意味を帯びた。水曜日という言葉は、捜査の手がかりにもなり、社会的な恐怖の記号にもなった。


水曜日という記号
事件名としての「水曜日の絞殺魔」は、読者に強い記憶を残す。だが、記憶に残る言葉ほど、検証では慎重でなければならない。曜日は偶然かもしれず、犯人の行動パターンかもしれず、また報道上の強調によって増幅された意味かもしれない。
社会が連続事件を理解するとき、共通点はすぐに「パターン」になる。パターンは捜査の入口にはなるが、出口ではない。地理的近接、失踪曜日、死因、被害者像、遺体発見場所。これらを丁寧に並べることは重要だが、並べただけで犯人が一人になるわけではない。
この事件の怖さは、ミステリーの形をしていることではない。共通点があるのに、結論に届かないことだ。名前があるのに、犯人がいないことだ。

1989年、北方で見つかった三つの遺体
1989年、旧北方町周辺で3人の女性の遺体が発見された。これらが、のちに「北方事件」として起訴対象になった3件である。裁判所の判決文では、X、Y、Zという記号で被害者が扱われ、起訴状の公訴事実として、それぞれ1989年1月、1987年7月、1988年12月ごろの殺害が主張された。
裁判記録に現れるのは、報道の怪談的な事件名とはまったく違う世界である。時刻、車両、電話、衣服、交際関係、目撃、鑑定、供述調書、証拠採用の可否。裁判は、物語ではなく、証拠で動く。そしてこの事件では、決定的な直接証拠が大きな問題になった。
佐賀地裁判決は、被告人が3件すべての公訴事実について関与を否認していたこと、直接結びつける証拠としては過去の取調べで作成された自白関係の書面以外に存在しないこと、その上申書等を証拠として採用しない決定をしていたことを記している。裁判所は、間接事実の総合によって事件性と犯人性を認定できるかを検討した。


北方事件と無罪判決
2002年、男性が逮捕・起訴され、検察は3件の殺人について有罪を主張した。公判では死刑が求刑されたと報じられた。しかし2005年5月10日、佐賀地方裁判所は「被告人は、本件各公訴事実について、いずれも無罪」と宣告した。
判決は、弁護側が捜査のずさんさ、鑑定の誤り、犯人検挙への焦り、強引な取調べ、証拠の管理不備、公訴提起の遅れなどを主張したことを記録している。裁判所は公訴権濫用までは認めなかったが、被告人の取調べに関して違法と評価せざるを得ない事情があること、証拠資料管理が甚だずさんであった事情が認められることを判決中で述べた。
その後、控訴審でも無罪が維持され、検察が上告しなかったことで無罪が確定したと報じられた。結果として、北方事件は、未解決事件であると同時に、誤った捜査・起訴がどのように人を被告席へ運び得るかを示す事件としても記憶されることになった。


取調べの可視化という教訓
北方事件は、取調べの録音・録画、いわゆる「可視化」を求める弁護士会の議論でも参照された。日弁連は2007年の定期総会決議で、全過程の録画・録音が、自白の任意性・信用性をめぐる争いを減らし、違法・不当な取調べを防ぐために必要だと述べた。広島弁護士会の2008年決議も、全過程の録画・録音を欠く場合の証拠能力制限などを求めている。
この教訓は、被疑者のためだけではない。被害者のためでもある。誤った人を犯人として固定すれば、真犯人は遠ざかり、遺族は二度傷つく。未解決事件における捜査の透明性は、人権論であると同時に、真相解明のための実務でもある。

残された問い
- 7件は本当に一つの連続事件だったのか、それとも一部だけが関連していたのか。
- 「水曜日」は犯人の行動パターンだったのか、偶然だったのか、報道が強調した記号だったのか。
- 初期捜査で失われた証拠、再検証可能だった資料、開示されなかった資料は何だったのか。
- 北方事件で無罪となった後、真犯人を探す捜査はどこまで続いたのか。
- 遺族と地域にとって、事件の記憶をどう残すべきか。

出典と更新方針
本ページは、佐賀地方裁判所平成17年5月10日判決、日弁連・弁護士会の取調べ可視化決議、後年の公開事件概要、報道アーカイブに基づき、SHIMBUN形式で再構成した。被害者名や細部は公開資料で確認できる範囲に限り、本文では必要以上の個人情報や具体的な遺体状況を避けた。
- 裁判所判例情報:佐賀地方裁判所 平成17年5月10日判決(平成14年(わ)第194号・第197号・第222号 殺人被告事件)。主文は「いずれも無罪」。
- 日本弁護士連合会「第58回定期総会・取調べの可視化(録画・録音)を求める決議」2007年。
- 広島弁護士会「取調べの可視化の実施に関する決議」2008年5月20日。
- 公開事件概要「Wednesday Strangler / Saga Women Murders」および日本語公開概要「佐賀女性7人連続殺人事件」。後年のまとめとして扱い、一次資料と区別した。
- 新聞・報道アーカイブ、Kyodo Images等の公開見出し情報。写真や図版の使用はSHIMBUN独自の非グラフィック再構成画像とした。